歴史繚乱ブログ

元禄事件(忠臣蔵)の考察、史跡廻りなど

外国人が見た李氏朝鮮③

福沢諭吉啓蒙思想家・教育者)

人間娑婆世界の地獄が朝鮮の京城に出現した。私は朝鮮を見て野蛮人より妖魔悪鬼の地獄国だと評する。王室の無法、貴族の跛麗、税法さえ棄乱の極に陥り、民衆に私有財産の権利はなく、政府の法律は不完全であり、罪なくして死刑になるだけでなく、貴族や士族の輩が私欲や私怨によって私的に人間を拘留し、傷つけ、または殺しても、国民は訴える方法がない。

またその栄誉の点にいたっては、身分の上下間ではほとんど異人種のようであり、いやしくも士族以上で直接に政府に縁がある者は無制限に権威をほしいままにして、下民は上流の奴隷であるに過ぎない。政府は文明の風潮を知らず、どのような外患に遭い、どのような国辱を被ろうとも、全く無感覚であり、憂苦なく力を注ぐのは朝臣らによる政府内の権力や栄華の争いだけである。帰するところの目的は私的な利益だけであり、国を売っても私的に利益があれば憚らないもののようである。

人民の生命も、財産も、栄誉も守ってくれないこのような国はかえって滅びてしまうことが、民衆を救済することになる。いっそロシアやイギリスの国民になる方が幸福である。ゆえに私は朝鮮の滅亡の時期が遠くないことを察して、一応は政府のために弔意を表するが、その国民のためにはこれを賀したい」(「朝鮮人民のためにその国の減亡を賀す」『時事新報 1885年8月13日』より)

 

ホーマー・ハルバート(アメリカ人宣教師)

裁判は金の力で正義の秤が上下する。文明国ならたちまち民衆の反乱を呼び起こすに相違ないような不正かつ野蛮な事件を見聞きしないですむ日はないに等しい。民衆がよくもこれを我慢しているものだ。反逆者の処刑後は家の取り壊しがあり、全財産は没収され、息子や男系親族は皆殺しされ、女はすべて奴隷にされた。死刑囚は笞刑を受け、罪を告白してから殺される。中には最後まで自分の無実を主張しながら死刑になるものもある」(『朝鮮滅亡』より)

 

梁啓超清朝末期の政治家・ジャーナリスト)

朝鮮減亡の原因は、宮中の人々と、役人である両班たちだ。日本派と清国派とに別れて外国の軍隊を招き入れて殺し合ったが、あの両班という人々は役人という概念がなく、両班そのものを職業としていた。他の国では役人を置くのは国政に携わせるためなのに、朝鮮で役人を置くのは、ひとえに両班を養うためだった。朝鮮社会では、陰険で無恥な者が栄え、貞潔で慈しみ深清国とロシアと日本が朝鮮を減亡させたのではない。朝鮮が自ら滅びたのだ」(『朝鮮の亡国を記録する』より)

李氏朝鮮の高官(*写真には「将軍」と記載あり)

両班の夫人の外出風景、他3名は奴婢

 

イザベラ・バード(イギリス人女性探検家)

朝鮮人には独特の処罰方法があって、役所の雑卒が容赦のない笞打ちを行い、罪人を死ぬまで打ち据える。罪人の苦痛に叫ぶ声は近くのイギリス伝道館の中にまで聞こえてくる」

「城内ソウルを描写するのは勘弁していただきたいところである。北京を見るまでは私はソウルこそこの世でいちばん不潔な町だと思っていたし、紹興へ行くまではソウルの悪臭こそこの世でいちばん酷い臭いだと考えていたのであるから!都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。礼節上2階建ての家は建てられず、したがって推定25万人の住民はおもに迷路のような横町の地べたで暮らしている。路地の多くは荷物を積んだ牛どうしがすれ違えず、荷牛と人間ならかろうじてすれ違える程度の幅しかなく、おまけにその幅は家々から出た個体および液体の汚物を受ける穴か溝で挟まれている。悪臭ぷんぷんのその穴や溝に好んで集まるのが、土埃にまみれた半裸のこどもたち、乾癬持ちでかすみ目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、ひなたでまばたきしている」

「正確に言えば道路は存在しない。(中略)ぬかるみはほどんど底なしである。清国人所有の牛車が荷物の運搬を試みているが、2・3台沼の中にはまり込み、どんな有様になったかは春になるまでわからなかった」

「官吏は相も変わらず搾取を行なっている。朝鮮人の糧である米は安州から運ばれてくるものの、買うのは金持ち、すなわち官僚のみである。貧民はアワを食べて生きている。イモと小麦は育つが、土壌は貧弱で石が多い。(中略)朝鮮中の誰もが貧しさは自分の最良の防衛手段であり、自分とその家族の衣食を賄う以上のものを持てば、貪欲で腐敗した官僚に奪われてしまうことを知っているのである」

「小金を貯めていると告げ口されようものなら、官僚がそれを貸せと言ってくる。貸せばたいがい元金も利子も返済されず、貸すのを断れば罪をでっちあげられて投獄され、本人あるいは身内が要求金額を用意しないかぎり笞で打たれる。こういった要求が日常茶飯事に行われるため、冬のかなり厳しい朝鮮北部の農民は収穫が終わって2・3千枚の穴あき銭が手元に残ると、地面に穴を掘ってそれを埋め、水を注いで凍られた上に土をかける。そうして官僚と盗賊から守るのである」

「ソウルには芸術品は全くなく、古代の遺物はわずかしかないし(中略)宗教にはおよそ無関心であったため寺院もないし、未だに迷信が影響力をふるっているため墓地もない」

「実家の両親から出生してすぐに授かった名前は使わなくなり、今後花嫁は『誰それの奥さん』や『誰それのお母さん』としか呼ばれなくなる。夫は妻をヨボと呼ぶが、これは『こちらを見よ』という意味であり、夫に対する妻の関係を示唆している。沈黙は妻の務めの第一と考えられている。(中略)反抗して怒りや醜聞といった事態を招けば、庶民階層の女の場合、厳しく打ち据えられ命令に従わされる」

「私は朝鮮の人々の極端な大食いぶりを目のあたりにする機会を得た。彼らは飢えを満たすためではなく、飽食感を味わうために食べる。大食いということに関しては、どの階級も似たり寄ったりである。(中略)朝鮮の人々は何でも食べる。犬肉は季節によってはとても需要が高く、また食用犬は広く繁殖されている」

「朝鮮の下層階級の女性は粗野で礼儀を知らず、日本の同じ階層の女性のしとやかさや清国の農婦の節度や親切心からはおよそ程遠い。着ているものは汚れ放題で、夜遅くまで休みなく洗濯するのは自分たちでも、綺麗な服を着るのは男の専売特許と言わんばかりである」

「朝鮮国内は全土が官僚主義に色濃く染まっている。官僚主義の悪弊がおびただしくはびこっているばかりでなく、政府の機構全体が悪習そのもの、底もなければ汀もない腐敗の海、略奪の機関で、あらゆる勤勉の芽という芽をつぶしてしまう。職位や賞罰は商品同様に売買され、政府が急速に衰退しても、被支配者を食い物にする権利だけは存続する。日本人が『改革』と呼ぶ新しい秩序は1894年7月23日に日本兵景福宮を武力で占拠した時点から始まっていた」

朝鮮人の前途を全く憂いていない。ただし、それには左に掲げた二つの条件が不可欠である。

1. 朝鮮にはその内部で自らを改革する能力がないので、外部から改革されねばならないこと

2. 国王の権限は厳重かつ恒常的な憲法上の抑制を受けねばならないこと」(『朝鮮紀行』より

 

ルドルフ・ツァベル(ドイツ人ジャーナリスト)

朝鮮人の生活信条は、お金はできるだけたくさん欲しいが、仕事は少なく、たくさん喋って、たくさんタバコを吸って、いつまでも寝る、というものだった。そこに酒と浮気性とが加えられた。酒に酪った朝鮮人が路上で横になっている姿をよく見かけたし、女性関係で殺人が起こるのも稀なことではなかった。このような有り様は、数百年間続いてきた奴隷状態と圧政のせいかもしれない」(『ドイツ人夫婦の韓国新旅行1904』より)

 

ステン・ベルクマン(スウェーデン人動物学者)

韓国人は日本人と性格がずいぶんと異なる。韓国人は日本人が持っている精神力、闘争心、集団行動といった能力が欠けている。日本人は公共の利益を優先するのに、人韓国では共同体よりも個人が重視されている。韓国人は、自分たちの長いと国外歴史を持つ文化に誇りを持っているが、面倒なことはしようとせず、ただ座って長い煙管をくわえて時間をつぶすことを楽しんでいる。たとえ日本が併合しなくても、いつかはロシアや中国に併合されていた国だ」(『In Korean wilds and villages』より)

 

ヘンリー・アペンゼラー(アメリカ人宣教師)

朝鮮の両班たちはとても卑劣な慣習を持っている。彼らは結婚後の三日間は妻と暮らすが、それ以降は一緒に暮らすことはない。自分の妾たちと暮らすのだ。その_方、その気の毒な本妻には貞節を強要する。もし彼女が逃げたり、貞節を捨てたりすれば、役人に引き渡されてしまう。すると役人は彼女を鞭打った後に、自分の下僕に与えてしまう。両班の夫人たちは普段外出することさえできない」(『A modem pioneer in Korea; the life story of Henry G. Appenzeller』より)

 

朴斎家(李氏朝鮮,英祖時代の実学者)

漢陽には荷車がなく、汲み取った汚物を運ぶのが容易ではないので、民衆は川辺や道端に糞尿を捨てる。橋の橋脚を見れば、人糞がべたべたくつついていて、大雨が降っても洗い流されることはない。民衆は過酷な労働で指先が擦り減って固いタコができているが、着ている服はと言えば,何年も着続けている古びた綿入れだけで、食べているものは、訂れた器に入った飯とろくに味も素っ気もないナムルだけで、台所には木裂の箸と空っぱの壺が置かれているだけた。理由は簡単だ。鉄製の釜と箸は役人たちが奪って行き、軍役を免れるために、ニ・五両の税金を役人たちに納めなければならなかったからだ」(『日常から見た朝鮮王朝の世相』より)

 

 

ヘンドリック・ハメルが(オランダ人船乗り,台湾から長崎へ向かう航海中に台風に遭い済州島に漂着。その後、朝鮮本土へ移送され13年間を捕虜として過ごす。後に長崎に向け脱出し長崎経由でオランダに帰国)

朝鮮人は盗みを働き、嘘をついて人を騒す傾向があり、信じるに値しない人々だ。人を欺いてもそれを恥だと思わず、してやったりとほくそ笑んでいる。彼らは臆病な民衆だ。清国がこ

の国を占領した時は、敵との戦闘で死んだ者より、山に逃げ込んで首をくくって死んだ兵士のほうがずっと多かった。戦闘で誰かが倒れると、すぐに逃げる。男たちは自分の子供を何人も産んだ妻を追い出して、他の女を嬰り、堂々と何人もの妾を囲って、自分の下女のように扱っている。

朝鮮は清国に隷属しているが、国王の権威は絶対的で、国王は朝廷での評議に従わず、自分の思いのままに国を統治している。両班たちは土地と奴隷によって収入を得ており、中にはニ〜三千人の奴隷を所有していた者もいて、奴隷の数は実に人口の半分以上だった。十七世紀を迎えているにもかかわらず、朝鮮は世界を認識する水準が極めて低かった。朝鮮人は地球上には十二の王国しかないと考えており、それらの国はすべて中国の皇帝の支配を受けて、貢ぎ物を捧げなければならないと考えていた。清国以外にも世界には多くの国があるとその国名を挙げても朝鮮人はあざ笑い、それはきっと郡や村の名前に違いないと反論する。

朝鮮の刑罰制度は過酷を極めている。ある女性が夫を殺すと、役人はこの女性を人々が通る道端に肩まで埋めた。その女のそばに木製の鋸を置いて、そこを通る人々は、両班を除き、皆その鋸で一回ずつ彼女の首をひいて行かねばならない。殺人を犯した者は死刑になるが、その方法がまた意外なものだ。被害者の死体をすみずみまで拭ったお酢と汚水をよく混ぜて犯罪者に飲ませて、膨れ上がった腹が裂けるまで鞭で打つ。他の男の妻と姦通すると死刑に処される。男たちは非常に女好きで、嫉妬心がとても強く、仲の良い友人にもなかなか妻を見せようとしない。犯罪者は自分が死ぬ方法を選択することができる。一般的に男たちは背中から刺されて死ぬことを望み、女たちは自分の首を刺して死ぬ方法を選ぶ。

国王に税を納期に納めることができなかった者は、滞納した税を全部納めるまで、もしくは死ぬまで一カ月にニ〜三回、腔骨を打たれる。叩き殺されても、彼の一族郎党が滞納した税を収めなければならないので、国王の収入は完全に保証されている。寺院は主に両班の遊び場であり、妓生を連れて寺にしばしばやってくる。

両班と女児の妓生

寺院は木々が茂る山の中に位置しており、景色が非常に美しく、建築物としても國中で最も優れたものだが、売淫窟や居酒屋に成り下がってしまっている。朝鮮人は病気を嫌悪する。伝染病にかかると、村の外に建てた小屋に閉じ込められ、そこを通りかかった人は患者のいる方向の地面に唾を吐いて行く。結局、患者はそこで死んでしまう。タバコは老若男女を問わず吸われており、吸わない人を見つけるほうが難しい」(『朝鮮幽囚記』より)