日本が統治時代に建てた建物㉑(釜山⑥)
⬛︎釜山要塞 外洋浦砲台(現:旧日本軍砲陣地跡)
旧日本海軍は日露戦争に伴い鎮海湾を安全に使用するため、1904年(明治37)8月、第3臨時築城団を編成し加徳島に外洋浦砲台の建設に着工、同年12月に竣工する
「重砲兵二十八糎榴弾砲」操砲教練の様子(*写真は馬山要塞の重砲台ではあるが外洋浦砲台かは不明)
砲台跡
弾薬庫・幕舎など
航空写真からも砲台跡がよく分かります。⭕️印が砲台跡
砲台跡より少し離れたところにある「観測所跡」
砲台跡に残る1936年(昭和11)建立の「明治三十八年四月 司令部発祥之地」碑
砲台跡の辺りには、旧日本海軍が建設した司令部・兵舎などが残っており、現在は韓国政府から賃貸契約した韓国人が民泊経営や住居として使用しています
旧日本海軍が掘った井戸も数点残されており、現在も地元の人が使用しています
⬛︎釜山航空基地(現:金海国際空港)
1945年(昭和20)2月11日、「大村航空隊済州島分遣隊」をもって練習航空隊用の基地「釜山航空隊」が開隊される
⬛︎加徳島 灯台(*現存する)
1909年(明治42)12月完成
⬛︎釜山競馬場(現:競馬場の建物のみ現存)
統治時代は、京城・釜山・群山・大邱・平壌・咸興・新義州・清津・雄基の都市に朝鮮総督府公認の競馬場があった。日本人・朝鮮人(*当時は日本人)の区別なく賑わい人気を博した